感動中国100への思い

来源:中国文化译研网

作者:和中清

2019-09-26

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2017年の秋、理江から香格里拉を旅した。私は中国での仕事を始めて30年が経つ。

これまで仕事では中国の多くの街を訪ねた。その折に近くの観光地に足を伸ばしたこともある。だが、長い休暇をとり観光だけで旅をしたのはそれが初めてだった。

理江から香格里拉への旅は私に衝撃を与える旅だった。中国にはこんなにすばらしい自然やこんな素敵な街や村があったのか。それは私に衝撃を与えた。

香格里拉は小説「失われた地平線」の舞台と言われるが、その旅は中国の自然のすばらしさに気づかず30年近く過ごした私自身の「失われた30年」を思い起こす旅だった。

そして背中を押されるように2018年には内モンゴルや新疆のカナス、四川省の稲城亜丁を旅した。そしてその旅を続けながら、日本の観光客に出会う機会が少ないことを感じた。

私はこれまで中国経済に関する本や論文を日本で書いてきた。私の一貫するテーマは日本での中国情報の問題である。日本の右翼や右派政治家、知識人、メディアにより嘘や欺瞞に満ちた中国情報がながれ、その誤りを著作や論文で指摘した。

しかし彼らの情報操作により多くの日本人に中国への誤解や偏見が生まれた。その結果日本の世論調査では83%もの日本人が中国を良く思わないと考えるようになった。

その問題は私の近著、東方書店から出版された「奇跡 発展背後的 中国経験」に詳しく述べている。

私が新疆や四川を旅して日本人観光客に出会わないのはその影響だった。新疆統計年鑑をしらべると過去には他国に突出して新疆を訪れた日本人観光客が激減していた。

私が日本で、中国にはこんなすばらしいところがあると説明しても、多くの日本人から返る言葉は「中国には行きたくない」だった。非常に不幸なことである。日本での情報操作の結果、過去にはあれほど多くの人が訪れた中国への観光までその影響を受けている。

日本での欺瞞に満ちた情報により、私が感動するすばらしい中国の自然を見る機会すら、一般の日本人は奪われている。私には、あせりのような思いも湧いて来た。

それならと考えたのが感動中国100だった。言葉では聞いてもらえなくても、写真なら共感してもらえるかもしれない。そう思ったのが感動中国100へのチャレンジのきっかけだった。

私が数年前に日本で出版した本で日本の1,000人に中国をどう思うかのアンケート調査をしたことがある。その結果は中国を自分の目で見る機会のない人ほど悪意の情報にながされて否定的に中国をとらえる結果が出ていた。

今、中国から多くの観光客が日本に来ているが一方通行の往来は真の友好にならない。感動中国100の写真を見て中国に関心を向け、行ってみたいと思う人を一人でも増やしていくこと。それが30年間、仕事を通じて中国でお世話になった恩返しだと思い始めたのも感動中国100をめざすきっかけです。


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218年の秋、稲城亜丁に行き標高4,600mにある翡翠のように輝く牛奶海の見た時、自然に涙があふれた。美しい自然を見た時の感動は日本人も中国人も同じと思う。

「中国にこんなにすばらしいところがあるのですか」

写真を見た時に日本人から発せられる言葉が中日友好への一歩と考えている。

四川省の茶馬古道では荷車を引いて西安から来た少女と出会った。彼女は今日で51日目、これからチベットを目指して旅を続けると答えた。私も生きる活力をもらえた気がした。

感動中国には、そんなすばらしい出会いもたくさんあると思う。一人でも多くの日本人にそんな出会いも体験してもらいたいと思う。

感動中国100の写真を見た時の日本人の驚きが私を支えています。

今年の8月には四川省の四姑娘山の大峰に登った。明日はどんな日の出や雲海が見られるだろうか。その興奮でテントでは一睡もできずに、朝の3時にキャンプ地を出発して真っ暗の登山道を登り山頂を目指した。5,025mの頂上直下、4,900mほどで疲労のため登頂を断念したが、厳しい状況の中、4,900mを登りきったことは、今後の旅への自信にもなった。

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私は高校生の時から山登りが好きで、思いもよらなかった中国の山に登れることに青春時代に戻ったような心のときめきを感じています。

山は一歩、一歩、着実に足を運ばないと頂上には行けない。「今を積む」は私の座右の銘であるが、登山道を登りながら「一歩、一歩を積み上げて感動中国100に到達したい」そんな思いを8月の四姑娘山登山で心にきざみました。

责任编辑:罗雨静
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